FROM FRONT フロントより

人の優しさにふれる。
重なるように
すれ違う瞬間に心が通うんだなあ。

あのね
今朝の市電の出来事なんです。
目的の停留所のアナウンスが聞こえて
そつなくボタンの位置を確認して
かぶるでもなく
とぎれるでもない
絶妙な間でボタンを押したい精神の
ぼくとしては、
今だ!と信じたタイミングで
手を伸ばしたんです。

ゴツ。

なんてこったい。
アクリル板があったんですね。
まったく気づかずに
さっそうと手を伸ばしましたよ。
思いきりぶつかりました。
さっそうとしていた手はね
さっそうとしていたばかりに
さんざんなくらい恥ずかしいのであります。

いでっ──。
とっさに出た言葉も
たかが知れていました。
なんの準備もなく出る所作は
その人にしみついたものしかでません。
己の身に感じた言葉しか
出ないとは、実につまらない男です。
その実、素直でもある。
それくらいは褒めてあげよう。

まあいい。
ボタンの押し損ないから
ほんの1秒も経たず、ピンボンの音がした。
ぼくのさっそうと伸ばした手が
まだ戻ることもなく所在なくしていた
その目の前に立っていた女性が
すかさず押してくれたことがわかった。

うれしかった。

停留所で降りながら
うれしい感情について
想いをめぐらせてみた。

その方が
降りる降りない関係なく
ありふれた
どんくさい
ハプニングを目前にして
すっと選んだ行動が美しかった。
さらに、結果的には
ぼくが理想としていた間でボタンは鳴った。

ほのほのと
じわじわとこみあげてくる。
降りて信号待ちをしながら
電車を見送る。
親切なその方は
停留所で降りなかった。

その人の優しさには
やっぱりそれを実行できる
背景があると思う。
ご両親や祖父母、家族からもらった愛、
成長をするうえで経験した失敗
大袈裟かもしれないけれど
そこを想像すると
あたたか〜い気持ちになって
涙があふれてきた。

そうそう
あのときとっさに
ありがとうございますと言えた
自分もほめてあげよう。

電車は
ただ人を乗せて走ってるだけじゃない。
今日もごきげんでありましょう。