FROM FRONT フロントより

昨日の朝の
多幸感は
今もまだぬくもりとして
ほのほのとしています。

しあわせだと感じること
その場面は
おだやかなもので
わりと派手さに欠けています。

心の奥から
しずかに湧き出ててくるような
あたたかいもので
言葉にならない感覚だと思います。

それは
何度だって味わっていい。
すり減ることもなく
欲張るわけでもなく
もったいぶらなくてもいい。

自分だけが
しあわせになっていいのだろうか?
心優しい人は
そんな罪悪感を抱くこともあるだろう。
気にしなさんな。
ちゃんとおすそわけできる。

自分が
満ち満ちに満ち足りたら
勝手に溢れて広がって
近くにいる人の心に染み入るだろう。
だから
まずは自分を最優先に
しあわせをまんまるにしたらいい。
詳しく言うとしたら
しあわせを
感じる心を育むというか
心はどう感じているか
素直に会話できる関係を築くことだと思う。

しあわせのイメージって
人それぞれだし
センセーショナルさに欠けるから
共有しにくいのかもしれない。

不幸や恐怖、地獄
そっちのほうが
人はイメージしやすい。
そういうふうになっている。

繊細でおだやかで
実は最初っからあるものって
受け取りにくいんだと思う。
そう思う。

週末、雪降るって本当かな。
今日もごきげんでありましょう。